01 なこ

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私がお粥を運んでいくと実子はめずらしく起き上 がって外を見ていた。 白い月が窓の隅で夜の黒を薄くしている。 壁のシミも古いタンスもそこに漂う空気や、そこ にたたずむ実子までを公平に塗りつぶしている。 汚れた街を白く塗り替える雪みたいに、どんな色 も自分の色など簡単にあきらめてしまう。 そんな絶対的なものに実子は守られていた。 実子が私に気づく。 その目が涙で光っていた。 ちいさな胸が痛かった。 「あ、起きてた、 さむくない?、 お粥つくったよ、 でんきつけるね」 私は言った。 なんか気まずくて、浮かんだ言葉をあれこれつな げる。 実子はすぐに私から目をそらし、顔全部をこすっ た。 どうして泣いてるの、なんてきかない。 泣かない日のことなんて羊水の中に置いてきてし まったから。 そういうときは、ただそっと頭を撫でるだけだ。 悲しみを思い出して話すのは損だと思う。 こわい夢は誰かに話した方がいいなんてうそだ。 「入院するのやだな、菜子にあえなくなるね」 実子は言った。 「ママに聞いた?」 「うん、さっき菜子に言ってた」 「起きてたの」 「ママが横にいると寝れないの、寝てても起き ちゃう」 実子は言った。 私や実子の頭には、ママがもみ消した煙草の痕が いくつもある。 ママは髪の毛の焦げる匂いがすきだった。 「あいにいくよ」 私は言った。 吹いたら飛んでいくような軽い言葉。 それと一緒にべとついた実子の頭をなでる。 めげずに生えた髪の隙間に薄茶色の痣が並んでい た。 私とおなじ数だけ恨みっこなしに。 「明日、あいつを殺すことにしたの」 私は言った。
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