01 なこ

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次の日、実子が体を酷使してカラスをおびき出したので、 カラスは思ってたよりずっとあっさり殺せた。‥と 思う。 よくおぼえていない。 あの日、実子がどう誘ったのかわからないけれ ど、カラスは私たちが必死で掘った穴に落ちて いった。 ドサッというカラスの落ちる音。 私は穴をせっせと埋めた。 ビニールシートにためておいた土をドサドサと流 し、再び山になった土をビニールシートにため る。 流し込む。 ためる。 目は暗闇を猫のそれみたいによく照らしてくれたけれ ど、私は何度も土をこぼした。 カラスが這い上がってくる幻を何回も見た。 怖い声はきこえなかった。 汗が目の中に入ってもしみないのを初めて知っ た。 頭がぱんぱんではちきれそうだった。 心臓の内側がものすごく痛かった。 怖い声はきこえなかった。 いろんなところから出たしょっぱいものがたくさ ん口に入った。 鼻水もまじっていた。 怖い声はきこえなかった。 スコップのこすれる金属音も、鳴いている虫の声 も、そよぐ風の音も、なんにも聞こえない。 すくった土の重さとか、くり返しの疲れとか、な んにも感じない。 ただうれしくて、うれしくて、 夢みたいに壊れていた。 埋めた土の上で空の星を数える。 そのひとつひとつに祈りを捧げる。 悲しい日々が這い上がってきませんように、と何 度も。 空の端っこに少しの光が射し込むまで、そうし た。 喜びは悲しい色を教えてくれる。 すきとか、うれしいとか一緒にいたいとか、 そういうのは、離れるときの悲しみでしかないの に。 それでもなんでも、実子のそばにいたかったの。 ずっと。 この悲しみがますます汚れていっても‥ どうか神様、 またいつか、あの愛らしい実子のえくぼを見せて ください。 雲の上で天使が囁いている。 あのおいしそうな林檎は悲しみの種。 愛なんて悲しむための余興だわん。
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