01 なこ

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同じことを実子も。   私よりずっと苦しいところで堪えてたんだと思う。   実子のことを思い出すと、いつもこの場面が浮かんでくる。   鏡片手に、マキロンでぬらした綿棒を股の穴にあて、「消毒」と顔をゆがませている実子。   それは私の人生で歴史に残る大きな大きな胸の痛みだ。     計画通り、私たちはカラスを埋めるための穴を来る日も来る日も掘り続けた。   カラスの相手をしない方が穴掘る。   相手をする方は落とし穴への目隠しになる。         私たちにとって穴掘ることはカラスの魂を削る作業だったし、掘ることで既に殺し始めていると信じていた。     相手をするより掘る方が辛いと実感したくて、手の平のマメがすり減るほど必死に穴を掘りまくった。       おかげで実子は、たくさん無理をしたのだと思う。     あと少しというところで風邪をひいた。     風邪はすぐに肺炎へとエスカレートし実子の体を苦しめた。   その時すでに穴の深さは3m近く。   実子は高熱にうなされながら 「ううう、ばかやろお」 と繰り返し嘆いては、その角張った体で 無理やり起き上がろうとするので私はつい 「だいじょうぶだよ」 と根も葉もない泡を吹きかけてしまう。     そうすると実子は 「菜子はずるい、あたしの健康をみんな独り占めしている、   あたしはこの体のせいで幸せを掴むことさえできないでいるのに」 と冷たく澄んだ魚のような目で睨みつけるのだった。     やがてその鋭い眼差しは少しずつ涙でいっぱいになって、きらきら輝いていく。   「私が実子の体だったら良かったのに」   私は言った。   実子の悲しみにたえられなくて。   言った後で恥ずかしくなるくらい薄っぺらな言葉。   私は言葉にも満たないそれで、実子を覆い隠すことしかできない。
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