01 なこ

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実子は私の言うその言葉だけに納得したのか、荒 い呼吸のまま眠りについた。 無造作に投げ出された手の中で、皮のめくれたマ メが実子の意志を伝えている。 本当は薄皮饅頭みたいに柔らかい皮膚をしてるの に。 私は白手袋みたいにしなる実子の手をゆっくり持 ち上げると、手にできたマメをやさしく舐めた。 ざらざらに鍛えられた皮と、鼻から抜ける血の味 が悲しかった。 何度も逃げだそうと切りつけた手首には4枚の絆 創膏が申し訳なさそうにはられている。 私は2枚。 実子は4枚。 本当いうと絆創膏のうしろにはもっといっぱいの 傷が隠してあって。 そんでもってその傷のうしろには、もっとうんと いっぱいの崩壊が殺めの糸を引いている。 「目からだけじゃ間に合わないから、手首からも 出してあげるの、 そうすると涙、とまっちゃうんだ、これが」 驚くほどよく落ちる洗剤のCMみたいに実子が言っ ていた。 この汚れた悲しみは、どれをとっても実子の方が いっぱいだ。 そしてその帳尻は実子のヒスなんかじゃぜんぜん 足りない。 たぶん私が背負いこんだ殺人でさえ、足元にも及 ばないんだろうな。 私にできることなんて、実子のマメを舐めるくら いのことだ。 どこまでいっても。 カラスがどんなに私たちを平等に犯しても。 ママのイライラが不平等な折檻を繰り返しても。 実子の泣き顔の方がずっと痛そう。 捨て猫のような目をぐしゃぐしゃにして。 かわいそうにかわいそうに泣いてる。 つらい顔ばかりして、えくぼのできる笑顔が可愛 いことなんて、どこか遠くに置き忘れてきちゃった んだろう。 涙が眠る実子のマメに落ちた。 このマメがふやけて、実子の手がまた昔みたいに 柔らかくなればいいな、と思った。
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