01 なこ

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ついでに手首の絆創膏もなめておいた。 血の味はしなかった。 実子の言葉がよみがえる。 「いつか死ななきゃいけないのはわかるけど、 死ぬことを考えるのはコワイの、 死のうとすること考えてると気が紛れるのに、 あたし死にたいのかな、死にたくないのかな、 死ぬってなんなんだろう」 「実子が欲しがってる死は、私にとって絶対いらないものだよ、 実子が捨てたがってる命が私はどうしても必要なの、 だから死ぬなんて言わないで」 そのとき私はそんなようなことを言ったと思う。 イライラするくらいじれったい声で。 誰かの目に触れたら間違いなく捨てられるような 汚い涙を垂れ流しながら、今と同じように実子の 手首を舐めてそう言った。 あのときの血は甘かった。 どんどんこぼれ落ちていく血は、甘くてあったか かった。 実子の手首で打たれてる脈とか、透けた青い血管 とか。 それらを押し切って作った傷をふさごうとする細 胞とか。 私には不確かすぎて、そこにあるのかさえわから ない。 そんな頼りないものに実子の命はぶらさがってい たけれど、医者でもない私には遠すぎて届かな かった。 幼い私にはどうすることもできない。 そういう場所に実子の命は人質みたく飾られていて、私はそれをゴミみたいに小さく丸めた体で眺めていた。 背伸びなんてできないくらい、つま先をぎゅっと にぎりながら。 ただ耳をふさいで、頭を抱えて、毛布をかぶって 泣いていればそれでいいと思ってた。 すくいあげたって、どうせ全部こぼれ落ちてしま う。 それが子供っていう生き物なんだ、だから仕方ないことなんだ、となぐさめながら。 指の隙間なんて大人にもついてるのに。 ばかみたい。
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