01 なこ

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カラスの相手でしばらく穴掘りができなくなっ た。 最初のころ、カラスは高温の体を抱いてみたいとか 言って、実子をよこせとごねていた。 けれど私がすすんで毎日出向いていたら気をよく したのか、そのうちなにも言わなくなった。 実子は日に日に痩せて、私が見つめるほとんどの 時間、眠ってばかりいた。 起きてヒスを撒き散らす実子が今は遠くて、罵っ た声や睨む目の光まで愛おしく思える。 今の私には、たぶん実子が不足し始めているのだろう。 どうしても必要なものは足りなくなったとき、胸 を苦しくしたりする。 いっぱいの時はわからない。 「その子、来週から入院することになったの」 とママが言った。 あごでさされた先と"その子"の内容が実子につな がっていた。 そんなママの仕草を瞬時に理解できる自分が嫌に なる。 実子は目を閉じていた。 眠っているのだろう。 ママは猪木みたいに口を広げながら、忙しそうに クリームを塗っていた。 時計を気にしながらリキッドファンデーションを のばす。 派手に塗られた長い爪は不思議と邪魔にならない らしい。 出勤までの時間があればあるほど、ママの化粧は お化けをつくる。 「入院ってどのくらい」 私は聞いた。 答えてもらえるわけもない質問は案の定、ママの 鼻息に吹き飛ばされて私の耳に戻ってきた。 ママの声は私の耳によく届く。 私の声は届かない。 昔からの決まりごと。 ママの耳にはピアスの穴があいているから、私の 声がそこから全部逃げてしまうのだと思う。 実子は入院のこと知っているのだろうか。 実子が入院したら、 実子は病院を抜け出すだろう。 そして弱った体でカラスを殺すんだ、と戻ってきてしま う。 時間がない。 私は焦る気持ちを抑えるために、手にできたマメ をぎゅっと握った。 その日、ママはいつもより早く出かけていった。 脂っこい同伴客と食事するらしい。 私は粒が無くなるまで煮詰めたお粥を二人分作っ た。 粒があると実子は咳でむせて吐き出してしまう。 昼は食べてくれなかったので、夜はどうしても食 べてほしい。 そんなことを祈って作るちっぽけなお粥は、たぶ ん実子の皮にひっついたケラチンにもなりえない。
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