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それからは仕事が忙しくなり、出張や転勤を繰り返していた。
結婚記念日も5年目くらいまでは祝っていたと思うが、知らぬ間に日にちさえも忘れていた。
「もしかすると今日は……結婚、記念日か?」
泣いていた妻が顔を上げ、こちらを向いた。
左の眉が上がっているのをみて、それが間違いだと分かる。
「本当に覚えていないんですか?」
泣き笑いの顔に変わる。
俺は何かおかしな事を言ったか。
「分からない。もったいぶらずに教えてくれ。還暦か? 誕生日だったか? それとも何か他に……」
「ふふふっ。ウエイターさんにでも聞いてみれば良いじゃないですか」
妻が言うと丁度良くウエイターが来た。
「お呼びでございましょうか?」
ほらほら、とでも言うように妻が目配せをする。
赤の他人に……仕方ない、聞いてみるか。
「すまないが教えて欲しいことがある。今日は一体何の日なんだ?」
ウエイターが茶化すようにクククッと笑った。
だがこの際、そんなことは気にもならない。
「かしこまりました。ですがそれにはまず、当店のご説明からさせて頂かなければなりません」
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