老夫婦と食堂

14/21
前へ
/21ページ
次へ
それからは仕事が忙しくなり、出張や転勤を繰り返していた。 結婚記念日も5年目くらいまでは祝っていたと思うが、知らぬ間に日にちさえも忘れていた。 「もしかすると今日は……結婚、記念日か?」 泣いていた妻が顔を上げ、こちらを向いた。 左の眉が上がっているのをみて、それが間違いだと分かる。 「本当に覚えていないんですか?」 泣き笑いの顔に変わる。 俺は何かおかしな事を言ったか。 「分からない。もったいぶらずに教えてくれ。還暦か? 誕生日だったか? それとも何か他に……」 「ふふふっ。ウエイターさんにでも聞いてみれば良いじゃないですか」 妻が言うと丁度良くウエイターが来た。 「お呼びでございましょうか?」 ほらほら、とでも言うように妻が目配せをする。 赤の他人に……仕方ない、聞いてみるか。 「すまないが教えて欲しいことがある。今日は一体何の日なんだ?」 ウエイターが茶化すようにクククッと笑った。 だがこの際、そんなことは気にもならない。 「かしこまりました。ですがそれにはまず、当店のご説明からさせて頂かなければなりません」
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加