「彼」を忘れられないキミは。

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「徹也(てつや)、だーいすきっ!」 「ハハ。うん。  俺も、美緒(みお)が大好き」  まぁーた、やってるよ。  ……このバカップルは。  目の前であからさまに甘ったるい空気を放っている二人に、僕はわざと聞こえるようなはっきりとした溜め息を吐いた。  だが、そんな僕に気付かないほど、二人だけの世界に浸っているらしい。  先程から、何をしても、何を言っても反応しない。  「馬鹿」とか、「阿呆」とか、「まな板」とか言っても、まったく反応を示さないのだ。  ふむ、これはいっそ、本音をぶちまけてやるべきか。  ……うん、良い機会だ。  言ってやろう。  そんな独り言を心の中だけで繰り返しながら、僕は覚悟を決めて口を開く。 「実は、この前美緒のケーキを食べたのは母さんじゃなくて、僕だった…―――」 「食いもんの恨みは恐ろしいぞ、このムッツリオ―――っ!!!」 「ぐはっ」  ブンッ、と拳が空を切る尋常じゃない音の直後、僕の顔面を全力でぶん殴る双子の姉、美緒。  彼女の急変に目を丸くしながらも、苦笑してその様子を見守る彼氏の徹也。  そんな彼の隣で、おろおろしながら僕と美緒を見合わせている、友達の青井(あおい)さん。  高校に入ってから、この四人で常に行動している僕等。  こんな光景も、珍しいことではない。  じんじんと痛む頬を擦りながら、僕はじっと美緒を睨みつけていた。 「……確かに、ケーキを勝手に食べたのは、悪かったと思ってるけどさ。  ムッツリオって、なに」 「ムッツリ理緒の略」 「……誰がムッツリなの」 「理緒。  意外とスケベじゃん」 「スケベじゃない。  美緒の彼氏の方が、もっとスケベ」 「ちょっ、俺に矛先向けるなよ、理緒!?」  二人してそっくりな顔でむっとしながら、僕はさり気なく徹也を巻き込んでみた。  彼はぎょっとしたように僕を見て、呆れたみたいに肩を竦めながら苦笑する。  怒ってないけど、困った様子で目を細めていた。  一方で相変わらずご立腹中の美緒は、腰に両手を当てて仁王立ちで鬼のような人相をしている。  そんな中で、青井さんだけはもの悲しそうな顔をして、必死に心境を悟られまいと抑え込んでいた。
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