0人が本棚に入れています
本棚に追加
「おじさーん!」
駆け寄ってくる少女に、男は地べたにしゃがみこんだまま、少女の額に貼り付けられた札ごと少女の顔面を押さえつけた。
「おにいさん、な」
「むぎゅう……おじさん何すんのよぅ」
「お、に、い、さ、ん」
男の訂正に、少女は額の札を直しながら、ぷう、と頬を膨らませる。それからぼそりとつぶやいた。
「……オニイサン」
「……よろしい。あんまり遠くへいくなよ。【糸】が届かなくなるからな」
満足した顔で鷹揚に頷く男に不満そうにしている少女は、嘗て森の中で男に発見された物言わぬ死人と化した筈の少女である。ごく普通に考えれば、今自らの意思で動く少女を想像しうるものなど、そういるわけもなかった。男の言う【糸】が、少女の肉体を時間の概念から切り離し、少女の意思のままに動くようにしているのである。そして、それこそが男の生業であった。
……古来より、この国に伝わる秘術がある。
死者の遺志と遺体をつなぎ、自らの足で故郷へ帰るための糸を紡ぐ「彊屍の法」。強力な術者の中には、更に術者と死者をつなぎ、崩れゆく肉体の時間をせき止めることが出来る者もいるという。
人はこのような術者により自らの意思で動く事のできる死者を【屍神】と呼び、術者を畏敬の念を込めて【道士】と呼んだ。
最初のコメントを投稿しよう!