スタジオ騒乱

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 「トリック、オア、トリートか? ハロウィンの日の子供達の言葉掛けだよ。『お菓子をくれなきゃ悪戯するよ』って意味だ。でも今回は度が過ぎている」 男性は監督を睨み付けながら言った。 「ハロウィンは元々アイルランドのケルト人のお祭りで、お化けの格好をして悪霊や悪魔を追い払う行事だったんだ」 「ハロウィンは子供達のお祭りじゃなかった? そんなイメージ強いんだけど?」 彼女が思い出したように言った。 「確かに。でもそれを大人が恐怖に変えた。言動の自由。表現の自由と言ってしまえばそれまでだ。でも……だからと言って、何をしてもいいってことじゃない」 男性は私達を気遣いながら優しく語り掛けていた。 十三日の金曜日や、ハロウィンのような宗教的な儀式の日が悪の解釈の映画で不吉なシンボルとされて久しい。 だから監督もそれにあやかったらしいのだ。  今目の前にいるのは、彼女と同じ田舎から出て来たホスト? らしいけど、そんな人に見えない。 彼女のために体を張って、必死に守ってくれた。 とにもかくにも、彼女も私も無事だった。 「ありがとうございました」 私は頭を下げた。 「彼女に何かあったら……、私今度こそ生きては行けなかった」 私はその場で泣き崩れた。 「貴女が悪い訳ではない。きっと、同じことをされたはずだ。でも、何故なんだ? 見れば判ると思うけど、ヘアースタイルが違うじゃないか?」 「あの時と……同じ……だった」 私も彼女同様にしゃくり上げ始めた。 「あの時と同じって……、もしかしたら?」 新宿駅東口前から私と走った彼女のお兄さんが何かに気付いたのか、私の背中に手を置いた。 「もしかしたらお前のそのウィッグ俺のためか?」 その質問に驚いて、私が彼女を見ると頷いていた。 「そうか……あの時と同じだったな」 彼には解ったようだ。 私がどのようにしてこの業界に入って来たのかが…… 「悪いのは貴女じゃない。コイツラだ。先ほどは失礼な発言をして……」 彼も泣き出した。 「気にしないでください。私は大丈夫ですから」 そう言いながらも、心はあの時のこの場所へ向かっていた。
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