32人が本棚に入れています
本棚に追加
/76ページ
部屋の前で制して、タオルを二枚、渡す。
明るい部屋のなかはまぶしいけど、ようやくしっかりと二人の顔を見ることが出来た。
男の人はもじゃもじゃとした、まるで映画の金田一耕介のような頭に、ライディングウェアを着込んでいて、女の人はストレートの髪を上で結い上げて、同じくライディングウェアを身につけている。
二人とも、籬先生に良く似ていた。
「おー、悪いな」
「ありがとう、えっと、確か観世水くん、だったわよね?」
「どうして、おれの名前……」
「んー……。悩める弟が相談してきたときに、ちょっとね」
「ちょっと」という仕草をして、ようやく温まってきた部屋のなかで、ほっと息をつく。
どうやら、本当に寒かったらしい。
自分も、寒かったけど。
「あー。あったかい」
「そうだ。コーヒー、あるんですけど、飲みますか?」
「おかまいなく。メールしといたし、すぐに帰ってくると思うから」
「でも、コーヒーの粉、はやく終わらせたいし……」
名前を聞くのを忘れていた。
口ごもっていると、そうだ、と思い出したように胡坐をかいて座った男の人が膝を叩く。
「名前、言ってなかったな。俺はエ霞。こっちのお転婆は睡蓮。よろしくな」
そう言って、エ霞は手を差し出してきた。反射的に手を差し出して、握手をする。
でも、よろしく、ってどういう意味だろう。
こうして会うのはたぶん、今日で最初で最後なのかもしれないのに。
「エ霞さんと、睡蓮さん」
「おう。呼び捨てでいいぜ。真」
いきなり名前で呼ばれて、ぎくりとする。
下の名前まで知っているのか。
それでも、年上だからと渋ってみせると、「そんなの些細なことだろ」と大きな声で笑われた。
でも、けじめだ。そう、父から教えられてきた。
「……コーヒー、淹れてきます」
後ろのほうで何かを殴るような鈍い音がしたけど、気にしないことにする。
最初のコメントを投稿しよう!