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「甘ッ!」
エ霞がマグカップから口を離して叫ぶ。
睡蓮も、甘いのか、首をかしげた。
「そうですか?籬先生、これくらい入れてたから、二人もこれくらい入れるものだと……」
「ぶっ」
それでも律儀に飲もうとカップに口をつけると、ふきだした。
何か、おかしかっただろうか。
「マジで!?あいつ、まだこんな甘いコーヒー飲んでんの?」
「というか、コーヒー飲めたのね、あの子」
「ばか、生徒の前でいい格好したかったんだろ?ははは、腹いてー」
ひどい言い草だ。
自分の事ではないけど、すこしかわいそうに思えてきた。
腹を抱えて笑っているエ霞は、よく見るととても整った顔立ちをしている。
睡蓮もだ。
籬先生も、怖いくらいに整った顔立ちだから、兄弟だということにも頷ける。
「えっと、コーヒー、もう一回淹れてきますか?」
「いやいや、いいのいいの。甘いのも好きだし、俺」
――いい人たち。
とても、心地がいい。
ふいに睡蓮がふっと息をついて、真を見据えた。
「籬ね、ずいぶん、あなたのこと心配していたわ」
「え……?」
「あの子も、小さいころからちょっと臆病でね。人と関わりあうの、怖がってたのよ。心配してるのはきっと、似ているからかしらね。あなたと、籬」
グローブを脱いだ肌は白くて、冷たそうだ。
その両手が、真の右手を握りしめる。
「大丈夫。籬は朴念仁だけど、やさしい子だから」
「……ハイ」
「だから、大丈夫よ。あなたのことも、理解しようとしてる」
「……理解、しなきゃ、だめなんですか?」
彼女の目がわずかに瞬く。
その目は光の加減のせいか、籬先生と同じく暗い紫色に見えた。
「おれは、誰もいらなかった。誰も理解しようとしなかった。だって、理解されなかったから。それじゃ、いけないんですか?」
「……悲しくないの?一人きりで」
「生まれたときから、そうだったから。悲しいって思いもよく分からなくなったんです」
彼女はそっと目を伏せて、まるであたためるように手を握りこむ。
初めて感じる他人の確かな体温に、身体が強張った。
「よく、分からないんです。人間って言う生き物が」
「真」
エ霞の声に、思わず肩が竦む。
「おまえ、辛いのか?」
辛くされるのは慣れているから、どう感じるかも分からなくなっていたのだけど。
ふいに、扉からノックの音が聞こえた。
「先生かな」
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