第四章【THE EMPEROR】

2/13
32人が本棚に入れています
本棚に追加
/76ページ
「甘ッ!」 エ霞がマグカップから口を離して叫ぶ。 睡蓮も、甘いのか、首をかしげた。 「そうですか?籬先生、これくらい入れてたから、二人もこれくらい入れるものだと……」 「ぶっ」 それでも律儀に飲もうとカップに口をつけると、ふきだした。 何か、おかしかっただろうか。 「マジで!?あいつ、まだこんな甘いコーヒー飲んでんの?」 「というか、コーヒー飲めたのね、あの子」 「ばか、生徒の前でいい格好したかったんだろ?ははは、腹いてー」 ひどい言い草だ。 自分の事ではないけど、すこしかわいそうに思えてきた。 腹を抱えて笑っているエ霞は、よく見るととても整った顔立ちをしている。 睡蓮もだ。 籬先生も、怖いくらいに整った顔立ちだから、兄弟だということにも頷ける。 「えっと、コーヒー、もう一回淹れてきますか?」 「いやいや、いいのいいの。甘いのも好きだし、俺」 ――いい人たち。 とても、心地がいい。 ふいに睡蓮がふっと息をついて、真を見据えた。 「籬ね、ずいぶん、あなたのこと心配していたわ」 「え……?」 「あの子も、小さいころからちょっと臆病でね。人と関わりあうの、怖がってたのよ。心配してるのはきっと、似ているからかしらね。あなたと、籬」 グローブを脱いだ肌は白くて、冷たそうだ。 その両手が、真の右手を握りしめる。 「大丈夫。籬は朴念仁だけど、やさしい子だから」 「……ハイ」 「だから、大丈夫よ。あなたのことも、理解しようとしてる」 「……理解、しなきゃ、だめなんですか?」 彼女の目がわずかに瞬く。 その目は光の加減のせいか、籬先生と同じく暗い紫色に見えた。 「おれは、誰もいらなかった。誰も理解しようとしなかった。だって、理解されなかったから。それじゃ、いけないんですか?」 「……悲しくないの?一人きりで」 「生まれたときから、そうだったから。悲しいって思いもよく分からなくなったんです」 彼女はそっと目を伏せて、まるであたためるように手を握りこむ。 初めて感じる他人の確かな体温に、身体が強張った。 「よく、分からないんです。人間って言う生き物が」 「真」 エ霞の声に、思わず肩が竦む。 「おまえ、辛いのか?」 辛くされるのは慣れているから、どう感じるかも分からなくなっていたのだけど。 ふいに、扉からノックの音が聞こえた。 「先生かな」
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!