久坂玄瑞

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越前兵だけでなく薩摩兵も破り。 血臭と火薬の臭いに満ち、収まりきらない砂煙、 そして……地面を埋め尽くすのは敵も味方も関係な く累々と横たわる物言わぬ骸。 光を失った空虚な双眸が、それを見下ろす生者の 双眸を恨めしそうに……。 生き残ったことを卑怯だと、己の命の上で生き 残ったのが卑怯だとそう訴えてきている気がする のは、僕だけでしょうか。 刃を受ければ死に、銃弾を受ければ死に……。 人の体は……命は何とも儚く脆いのは自分も同じだ というのに、その自分の体は確かに両足を赤黒く 染まった地面に着け立っています。 地面に崩れ倒れてしまった体はもう立てないこと から、尚立っている体を僻み恨むというのは道理 というものかもしれません。 だとしても、稔麿君は……。 「玄瑞っ」 「桂さん……」 戦の第一戦といったものが終わり区切りを迎えた ところで、凄惨と化したこの場にほんの少しの刻 が流れ。 僕と同様立ち残っている者に、負傷者の手当ての 指示を出しながらも耽ってしまいそうになってい れば。 前を覆う防具を赤で染め上げてしまい、顔は煤と 血で汚した桂さんが前方から僕の方にと、駆け 寄ってきているところでした。 「無事か」 僕が振り返れば、ひどく安堵したようにくしゃり と顔を歪める桂さん。 自分の知っている者の生死を戦の合間に確認しに 来たのが、あからさまですね。 二歩程空けて立つ桂さんに対して、思わず苦笑が 浮かんでしまいます。 「大丈夫ですよ。今僕は生き残っていますから。 今は確かに」 「玄瑞?」 「そんな顔をしないでください。九一君は大丈夫 ですから」 「玄瑞お前……何を言っている?」 何を? いや、ですね。 あの日を境に誰かの死に人一倍敏感になってし まった桂さんに、松陰先生から託された一人の生 死を教えてあげたというのに。 そんな顔は止めてくれませんか? 僕を怪訝に見てくるのは、止めてもらいたいもの ですね。 刀を握り振るっていた際に、生の光を曇らせ倒れ て逝く者の姿を見ている際に……。 そして…… 死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし 生きて大業の見込みあらばいつでも生きるべし 松陰先生……貴方の言葉を何故かよく思い出して、 見出だしたんですよ。 見込み、を。
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