久坂玄瑞

12/21

3276人が本棚に入れています
本棚に追加
/239ページ
飛んできた声によって、掻き消された思考。 僕の中で生じた揺らぎは無理矢理に正され、声のした方にと顔を向ければ……。 寺島忠三郎君(テラシマチュウザブロウ)。 前に過激な活動をした時に僕に付いてきて参加した、顔にあどけなさを残す年若い彼は、この戦にも参加し。 戦の最中に、裏口から邸内に忍び込み、そこに鷹司卿がいないかを見てこいと指示を僕は出してい ました。 その指示を守り、報告をする為に急ぎ駆け寄ってきた彼は 「鷹司卿!! いました!!」 乱れた息を少しも整えないまま、もう一度声を張り上げる。 「分かりました。では……」 「玄瑞っ」 すいません、桂さん。 もう、これ以上僕を揺るがそうとしないでくださ い。 今すぐにでも駆け出して、縋りつきたい程の愛しいあの人を思い出させないでください。 僕は…… 「戦の勝敗は決しました!! 此処にいては、敵の軍が押し寄せてきて潰されるだけです!! これより我 が軍は撤退します!!」 失うのに疲れたんですよ。 あの夜の出来事は知らずのうちに僕を蝕んでいて、ひどい疲れを感じさせてくるんです。 だから、見出だしたものに残った力を使って 「直ちに撤退を開始してください!!」 これ以上……誰かを、何かを失うのは、もう終わりにしたい……。 全ての部下に届くよう腹の底から声を張り上げて 指示を飛ばし終えると、動揺が広がりながらも撤退の準備が忙しなく始まりました。 倒れてしまった者達には申し訳ありませんが、人 一人に対してその一人を支える者がいて、支える 者達が悲しまない為にも、残った者達はどう か……。 『おかえり』 そう迎えてくれる者の下に帰ってもらいたい。 願った勝利も幕府に対する鬱憤も意味が無くなった今、居場所に帰る好機が出来。 その好機を無駄にせずにどうか……。 「玄瑞も帰るぞ」 「まだ帰りませんよ。僕には後一つだけ、やらないといけないことがあります。だから代わりに、 桂さんは帰ってださい」 「何を言うかっ!! 誰かの代わりなどなれぬというのに……何をっ」 分かっていますよ。 その人の代わりなんて、誰もできないって。 松陰先生の代わりはいませんでした。 稔麿君の代わりも。 直ちゃんの代わりも……。
/239ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3276人が本棚に入れています
本棚に追加