久坂玄瑞

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「だっ、誰だ!?」 戦が起きたせいか、狐を連想させる顔付きの鷹司卿はひどく怯えた様子で。 豪華な召し物を纏った細い体を震わせていました。 焦点の合っていないような揺れる瞳で、部屋の入り口に立つ僕と忠三郎君を見るその姿。 姿だけならば、なんとも頼りない。 でも……長州には、僕には……これしか残っていない。 「僕達は貴方様の敵ではありません」 その証拠に、腰に差していた刀を差やごと抜くと、それを床にと置いて見せ。 敵ではないと……示す。 忠三郎君も僕に続くようにして刀を床に置くと、 それでも尚怪訝に見てくる鷹司卿の方にと一歩を踏み出しました。 「長州藩志士、久坂玄瑞と申します」 「寺島忠三郎です」 「…………」 名乗って……名乗っただけだというのに、過剰に怯える鷹司卿。 小者のように見える様ですが、それでも、この男には頭を下げるだけの価値があるから。 位だけをとってみれば、そこに価値を見出だせる。 矜持は高い方ではありませんが、それでも少しなりともありはするから本当ならば……。 と、そう思ってしまう自分の感情を表には一片も 出さずにぐっと堪えると、鷹司卿と一定と距離を空けて膝を折りました。 「な、んという格好でっ!! 余が誰だか分かってるのかっ!?」 「分かっているからこそ、無礼を承知で此処にいます」 無礼を……どんな姿を晒してでも、これだけは僕でしか成し得れないものだから。 世に名前は広まっている僕だからこそ、可能性は少しでもあるのだと思うんです。 「朝廷に僕を共として参じてください。長州に少しとなりの慈悲と措置を施していただけるよう、 鷹司卿に力添えをお願いしたいのです」 どうか……。 懇願を込めて、額をひんやりとした床にとつけました。 長州が仕掛けた、という形になってしまったこの戦は、長州の負け。 朝廷からの撤退命令も背いた長州の風向きは益々悪化するでしょう。 もしかしたらこれを機に長州討伐が下される可能性だってありますから……。 それを阻止する為にも、残らないといけませんでした。 ……守りたい者がいるから。 守りたい思いがあるから……。 もうこれ以上、誰かを失う痛みの連鎖は……要らないっ。
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