久坂玄瑞

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守りたい者があった。 守りたいけど……失った者があった。 失う痛みは幾度となく味わい、それに慣れなど持ち得ない。 だからこそ人は……僕は、残った守りたい者を失いたくないから、どんなに痛みを味わおうとも足掻 きたい。 頭をどれだけ下げても……。 守る為に己の命を代償にしようとも……。 ああ……そうか、そうだったんですね。 此処に来てようやく、はたりと、一点に気づいてしまいました。 戦の最中に見出だした覚悟の根本にいたのは……。 文 だったのですね。 松陰先生と稔麿君と、そして直ちゃんを失った痛みでも身を引き裂かれそうだというのに……。 文まで失ってしまえば、僕はきっと……狂ってしまうでしょうから。 「どうか……」 何を払ってでも失いたくない唯一の存在ですから。 長州に戦火が飛ぶなら、文に危険が及んでしまう。 思い出したくなかった存在だというのに……それは無理な話だったのですね。 目を瞑らずしても、どんな時にでも傍にいるかのような文の姿に、止まぬのを知らない愛しさ。 思い出そうとしなくても、思い出したくなくても……文は僕の一部なのだから、否定するのは到底 無理だったんです。 それ程までに尊い存在だから、どうか長州を……。 「ふざけっ」 ……え? 「長州はもはや幕府の敵だっ!! 幕府の敵の意見など、余は聞かん!!」 何、を……言ってるのですか? ……幕府の敵? 確かに、長州は幕府を敵とし潰す対象でありましたが。 それは鷹司卿……摂家(セッケ)にとっても、優遇されてるとはいえ、政では幕府にいいように扱われている鷹司卿からもいえることではないのでしょうか? 摂家からしても、幕府は目障りな存在だというのに……。 「幕府の敵が軽々しく余に戯れ言を口にするなっ!!」 何故、幕府の味方についているのですか? ……ああ。 それは自分の今の地位を失いたくないから、なのですね。 朝廷からも厄介な存在となってしまっている長州を庇ったりでもすれば、非難はきっとくるでしょ う。 それにより、立場は揺るがされ、長州共々排除されかねないから……。 だから、幕府の立場に回る。 はは。 なんとも……滑稽ですね。 僕自身が。
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