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若さ……幼さを若干顔に残す若い忠三郎君ですが。
若さ故と、誰かを慕える程の真っ直ぐな気持ちを持っている彼はどことなく……直ちゃんの面影がちらりと覗き見える。
だから……願いを聞き入れてくれた彼はきっと、長州を良い方にと向けてくれて。
長州に帰し、まだ動乱の流れの詳細を知らずにいる晋作君の良き戦力と……なってくれるでしょう。
名残惜しむ目を僕にと向けながら部屋から出ていってしまった忠三郎君に、そのように思いながら……。
そして、次に
「九一君も、今直ぐに逃げてくださいね?」
九一君に目をやりました。
「……何故?」
目元に陰を落とし、前のように凛とし鮮やかな存在を示していた覇気をすっかり消し去ってしまった九一君。
僕以上に……残った者の誰よりも一番に心に穴を空けてしまった九一君だからこそ、生きる意味を失い。
生に対する執着を忘れてしまった。
まったく……。
悲しい、寂しい……そんな気持ちで大事な思いに目をやることを忘れたくなる気持ちは僕も……分かりますよ?
それでも、九一君にはちゃんと覚えていてもらいたい。
何が大事かを思い出してもらいたい。
だから僕は……。
「九一君はあの子の為の証なんですよ?」
九一君に生に対する執着を思い出させる。
九一君……杉蔵君……。
松下村塾からの馴染みで、今までずっと共にあった、仲間というより家族と呼べる彼。
その彼も広間からいなくなり、広間に静かに座すのは僕一人のみ。
遠くから怒声悲鳴銃声等の地を揺るがさんばかりの音が聞こえてきて、流れ込む風には火薬と……血の臭いが混ざっている。
音と臭いを感じながら、何もない天井をひどく穏やかな気持ちで見つめつつ……。
懐から懐刀を取りだし。
血と煤で染まりに染まってしまった防具を脱ぐと、左袖から腕を抜きました。
目を下にと向ければ、露になっている自らの腹。
魂が宿っている……腹。
魂は……僕の魂は必ずや、あの場所に戻ることでしょう。
戻り、貴女と共に在り続けることでしょう。
だから死に対する恐れなど微塵もなく、躊躇もなく、僕は……。
腹に刃を……突き立てました。
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