久坂玄瑞

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『先生。この先の日の本はどのように在るべきだ と、考えてますか?』 『んー。やっぱり、人の上に立ち纏める天皇がい て、その下は誰もが平等な世、ですかね』 僕が問えば、紙に筆を走らせていた面長の顔の 男……松陰先生は、穏やかな笑みを目元に浮かべて 迷いなく、そう答えました。 様々な身分の者が教えを乞いに集い学ぶ、松下村 塾。 全ての塾生が学舎に収まりきらない程の狭さの此 処は、あばら家だの罪人の場所だの……。 大人達は顔を歪めて後ろ指を指すこの場所。 ですが僕にとっては、何よりも尊敬のできる師が いる、大事な場所。 そこに朝一番で来るなり、まだ薄暗闇の漂う室内 で書物を広げながら、松陰先生と言葉を交わす。 『平等な世、とは、此処みたいなことですか?』 『そうですねー。誰もが好きな時に好きなだけ学 べる此処は、私の夢の一部を表してますね』 朝早くても、夜が遅くても、学びたいと思えば本 人の好きな時間にここにやって来ては、好きなも のを好きなだけの学を教えてくれる、松陰先生。 どんなに金が無くても、松陰先生は月謝をとらず に本人が望むままに、嫌な顔一つせずに嬉々とし て教えてくれる。 現に今も…… 『人には、ですね、貧しい豊かなんて関係無い。 武士だろうが農民だろうが、人、というのに変わ りはないんです』 嬉しそうに、楽しそうに……話してくれています。 『皆人であるなら、何故身分を付けて区別するの でしょうかね? それって、可笑しなことだと、 そう思いません?』 ……確かに、成りたいものがあっても、親に身分が あったら子もその身分を引き継いで、成りたいも のになれずってのは、可笑しな話です。 どんなに武士を志しても、栄太郎や杉蔵は足軽の まま。 反対に、晋作は上士で、それより下に下がること はまずないのでしょう。 返事をせずに考える僕を見る松陰先生は、手を持 ち上げ指をたてて見せました。 『土佐では、下士は人ではなく犬猫と同様、みた いなんですよー』 ここは長州だから他藩の諸事情に深く長けていな くとも、ざっくりとした話なら伝わってくるとい うもの。 松陰先生の言う通り、土佐藩では、下士は犬猫等 の動物と同じ扱いで、上士の前では膝を折らなけ ればならないと……そう聞きます。 どんなに理不尽な扱いをされても、我慢しなけれ ばならない、と……。
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