久坂玄瑞

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「どうした?」 重々しい声が張り詰めた空気を揺らすように発せ られ、発言の許可を貰えました。 「進軍はここまでに、しませんか?」 そして、張り詰めた空気を一気に壊したのは……自 分。 ここまで来て営を置いたのにも関わらず、遠回し に戦は止めようと言ったのだから、当然のもので しょうね。 弱虫、などと、己を武士として志し進んでいた生 き方を馬鹿にする言葉を投げつけられるかもしれ ませんが……。 それでも、自分の考えと間違っていればそれは違 うとしっかりと言うのが……。 大切、なのだと、あの子に……教えられましたか ら。 「この度の件は、僕達の君主の罪の回復を願う為 に、嘆願を重ねよとのことでした。朝廷からも退 去命令が下ったというのに、それを背いてしまえ ば……君主の罪は少しも回復せず、むしろ悪化して しまいます」 藩主は京を攻めろと首を縦に振ったものの、下し た命は藩の回復を願うもの。 故に、回復をできる朝廷の命に背いてしまえば、 藩主の立場は益々悪化してしまいます。 それに 「この戦には勝つ見込みがありません。緒藩から の援軍はありません。準備も性急過ぎて十分では ありません。 それでも戦に必要性を求めるならば、暫く戦機の 熟するのを待つべきです」 ここまできてしまったのなら、今更引き上げる、 などというのは分かりますよ。 怒りに思考を乱され、血気盛んになるのも……分か ります。 それでも、戦をすると声をあげるのならば、必見 の見込みのある戦をするべき。 負けてしまえば何も……残らないのですよ。 何も……。 思い出だけしか、残らないのです。 その思い出が身を焦がす程の痛い悲痛を与えてく るのですから。 「だから」 「何だその弱音は!? 貴様は己の命を惜しんで逃げ 腰になっておるのか!?」 僕の言葉は、更なる怒りに染まった来島さんの声 にて掻き消されてしまいました。 来島さんの進撃論を否定したようなものですか ら、怒るのは当然のもの。 顔を真っ赤にした来島さんは立ち上がると僕にと 詰め寄り見下ろしてき 「医者坊主如きに戦のことが分かるか!!」 激しく、罵ってきました。
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