久坂玄瑞

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俺の手で悪人を退治する、と、声を張り上げ目を 血走らせながら言った来島さんは、この場から 去ってしまい。 怒りと闘争で目先の物事にしか目をやれていない この場の者達は、当然の如く……。 僕の意見に同調するわけがなく。 諦めて、この場から、僕の陣のある天王山の方に と戻りました。 ……長州藩の志士は総勢二千。 それに対して敵側はというと、援軍を貰い、その 数二万だと報告があるが……。 数はまだ、膨れ上がるのでしょうね。 どう足掻いてもどう見ても、勝ち目など小さいと いうというのに。 僕は……。 「引き返す理由も無い、ですか」 自嘲を帯びた呟き。 そう。引き返す理由なんてどこにも無かった。 ……いいえ。 無理につけようとすれば理由などいくらでも作れ ますが、何というか……。 正直、何故ここに立っているのかが、その理由が 自分のことなのに自分でもよく分かりません。 長州の志士であるのだから、君主の為に君主の名 誉を挽回するのは当然のことであると思います が、僕は……。 君主よりも大事なものが……あった。 見上げれば、どこまでも澄んだ、汚れを知らずに 全てを見守るような水色が、広がっています。 あの日の昼間も、こんな風に澄んだ空が広がって いましたね。 何も騒ぎなど起きないと……平穏しか流れないと、 そう思わせる色。 だけど、起きて……しまった。 あの賑やかで平穏な日々が崩れる事が……突然に、 嵐のように、起きてしまったのです。 誰が……予想していたでしょうか。 ……いえ、僕は……。 「……玄瑞」 名前を呼ばれ、空にとやっていた目を前にと向け れば……すっかりやつれてしまった九一君の姿が陣 の中に、ありました。 直ぐに始まるだろう戦に備えて防具や刀の装着の 準備に忙しい者や、友と励まし合い騒ぎ合う者 や、意識を集中させてる者。 様々な人達の中で、九一君は静かに確かに背筋を 伸ばし、やつれてはいるものの、確かな存在感を そこに表しています。 「……会議はどうだった?」 普段通り、胸に垂らすように髪を結うのは……あの 子が、九一君にと贈った髪結いの紐。 それを今日も変わらず結い、本来涼やかな目元に は影を落とし、防具を纏う九一君。
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