久坂玄瑞

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「意気込んでますよ。戦を今すぐにでも始めよ う、と」 何故か明るい口調で言葉になりはしましたが、浮 かべるものはきっと……。 苦笑。 どうやら確かに苦笑が浮かんでいたようで、僕の 前に立つ九一君の目元がほんの僅か細められまし た。 「僕は医者でしたからね。現実を見たことを言っ たまでなのに、医者だからと腑抜け呼ばわりで す」 「……つまり、考え直す気はないと」 「ええ。負け戦が始まりますよ」 数も装備も劣るというのに……。 集った者達に死ねと言うようなもの。 辺りを見回せば、僕よりも若い者は沢山おり。 先のあるその者達の、その先を潰してしまわない といけないと思うと……。 怒りが、生まれますよ。 それでも、どんなに怒っても悔しくても、僕はこ こに集った者達の指揮をとる者として、負に寄っ た感情を浮かべるのは……許されません。 浮かべていいのは、堂々、だけ。 口を閉ざしてしまった九一君を横目に、ああ…… と、ふと、気づきました。 どんなに内情が乱れたものでも、僕はどんな時で も……平静を崩したことは、無かった。 宮城君が切腹した時も、晋作君が総督を下ろされ た時も……長州を離れる時も。 晋作君が長州へと帰る時も新撰組を見かけた時 も……。 それに僕は……。 あの子が突然消えてしまった時も……。 稔麿君を……見つけた時も……。 僕は、一歩離れた位置から物事を見ていたのです よ? それを知ったあの子達はそんな僕を薄情だと、思 うでしょうか? 『玄瑞さん』 ……ええ。あの子はきっと、そんな風に思ってくれ ないのでしょうね。 何もかもを受け止めてくれる子、でしたから。 人の良い面も悪い面も、きちんと目を向けてくれ る子でしたから。 晋作君に負けず劣らずの向日葵のようなあの子の 笑顔が脳裏に鮮明に浮かび上がって……気持ちが温 かくなると同時に。 苦しい程に、胸が……痛い。 僕でさえ苦しいのだから、横にいる彼……九一君は いつでもどんな時でも、叫び出したい程に胸を張 り裂けさせているに違いない。 生きていく意味を失ったようなものだから、九一 君はこの戦に参加したのでしょう。
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