久坂玄瑞

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まぁ僕も、似たようなもの、なのですけどね。 あの日から僕の心にはぽっかりとした穴が……空い てしまった。 松陰先生、貴方が亡くなった時よりも深く大き く……穴が。 誰かを失うのはきっと慣れてしまったものなので すけどね。 医者の時には命の直ぐ近くに僕はいて、目の前で 命の灯火がふっと消えていく様を毎日のように見 ていて、この動乱の時代では、動乱の波に呑み込 まれていく人達の姿もこれまた……。 毎日のように見てきました。 自分では一歩離れた位置で確かに見ているよう で、取り乱すことはないといっても、心にはいつ の間にか……穴が空くものなのですね。 どんなに人の散り様を目の当たりにしてきても、 慣れることはなく、どんな命にでも涙していた…… あの子。 あの子……直ちゃん。 ねぇ直ちゃん。 どんな者でもどんな命でも涙していた貴女は、ど れだけの穴を……その小さな体の内に秘めた心に空 けていたのですか? 声に出して投げ掛ければ、当然のように 『皆さんがいてくれるから、穴なんて平気です よ!』 きっと……そう返ってくること。 ……なのに、その当然はあの日の夜に唐突に消えて しまった。 存在がそこにあるのが当然だったのに、皮肉……で すね。 当然のものが当然じゃないと教えてくれた直ちゃ んが、自分の身をもって……当然じゃないことを痛 いぐらいに突きつけてきたのですから……。 そのような非当然は……知りたくなかった。 欲しくなかった……。 なのに……。 「この世とはあまりに非情ですね」 遠くから地を揺るがさんばかりの閧の声と爆音 と、入り乱れた様々な音が響き聞こえてきまし た。 ついに始まった戦。 意味の見出だせない戦。 「総員!! 列を組め!! 我等も敵に攻めいる!!」 声を張り上げ指示を飛ばした後、瞬時にあわただ しくなった陣内を見やって、空に……。 直ちゃんと繋がっていそうな空に顔を向けてそっ と…… いってきます 呟きました。
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