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「もっちん、おはよー」
薄ら目で蛇睨みにして見つめるのが
少し嫌だと思ったけれど、
無視するわけにもいかないので
ほんのちょっとだけ輪郭を
見極めようとして目を細めた。
赤いシュシュでくくられた
柔らかなポニーテールが揺れる。
そして私を呼ぶ声で、
大方人物の特定はできた。
「リカだぁ、おはよ」
「また眼鏡忘れてんの?」
呆れたように、それでいて面白がるようにしてリカが言う。
耳に心地よい瑞々しい声。
蛇睨みをやめたら再びリカの輪郭はふにゃりと揺れて、霞んで後ろの壁に滲んだ。
ああやっぱり、こっちの方がいい。
リカの声も体も、全部溶けてしまった方がいい。
「忘れてんじゃなくてしてないの」
もう何度目か知らぬやりとりに、
さらりと答えて受け流す。
私が眼鏡をしないのも、
彼女が深入りをしないのも、
もう何度目か、私は知らない。
そうしたらリカは肩を竦めて見せた後、
全く関係のない話を一方的に聞かせてくるのだ。
それで私は聞き手に徹する。
最早様式美といって差し支えない。
言ってしまえばこの一連のやりとりは、私と彼女の他愛もない挨拶に他ならないのであった。
それでも、と、階段を登りきり二人で教室に向かいながら私は思う。
もし一度でも彼女が私に、私が眼鏡をしない訳を聞いてくれさえしたならば、と。
余り物事を深く考えない彼女のことだからきっと今後もそんな機会はないのだろうし、あっても伝わりそうもないから結局意味のない願望なのかもしれないが、
私はいつも、彼女から問われることのない問いへの答えを胸に抱き締めながら曖昧な世界で息をしている。
だって、眼鏡やコンタクトをしているときはあんまりものがはっきり見えて困るのだ。
鼻のそばにできた醜い憎いにきびとか、スカートの端にだらしなく伸びるほつれとか。それから、あんまり奇麗で明るくて、私なんかが近づくなんていけないことのように感じて傍にいるのを躊躇ってしまうリカの輪郭の明瞭さとか。
輪郭のない世界が好き。
リカのぼやけた世界が好き。
リカと私を大きく隔てる、
明らかな境界線がまやかし
とはいえ無くなってしまう、
リカを近くに感じられる世界に
浸かっていられる間だけだから。
ガラスのローファーを、昇降口の階段で
こっそりと落とし続ける、シンデレラの真似事が
冴えない私にできるのは。
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