出会い

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出会い

 将彦は、歩道脇の膝くらいまである高さの段差に座り、背負っていたギターをおろした。  深夜のビジネス街には人気がなく、車道には時折タクシーが通るくらいだ。  街灯が路地を等間隔で照らす。まるで闇に浮かぶささやかなステージがいくつも連なっているかのように。その内のひとつを将彦は表現の場としている。彼にとっては唯一、自己表現できる場だ。  深夜、吐く息は白く、静けさの中へと溶け込んでいく。日本中が新生活に沸く春を過ぎて、新緑が街中に溢れる季節になっても、夜の風はまだ冷たかった。  コンビニで買ってきた缶コーヒーで手を少し温め、将彦はギターケースからギターを取り出した。  そして、自分を押さえ込もうとする静けさへのささやかな抵抗のごとく、将彦はギターを弾きだした。  灰色のビル群以外、誰も聞くことのない将彦の歌。まるで彼の心の奥底からしぼり出される叫びのようだった。もし聞く者がいるなら、その人の心を締め付けずには置かない。そんな声だ。  寂しさ、不甲斐なさ、自信のなさ。小さな自分を認めたくないという思い。もしそれらを認めてしまえば自分は消え去ってしまうという逼迫した思いが、彼の心を歌へと掻き立てていた。誰も聞くことのない叫びは人のいない街に響いた。  一曲歌い終わると、将彦は缶コーヒーを開けた。買ったときは十秒と握れないほど熱かったコーヒーが、夜気に当たりぬるくなっていた。  少し喉を潤す程度に飲むと、コーヒーの匂いが鼻腔に広がり、眠気を払ってくれた。  「いい歌ですね」  独りだけのステージに突如、透き通るような女性の声が響いた。その声は静寂を壊すのではなくて、静寂の中にそっと注がれた。  将彦は驚き、飲んでいたコーヒーでむせた。  「ごめんなさい!驚かすつもりはなかったんだけど・・・」  声の主は将彦に駆け寄ってきた。  「わたし、この近くの会社に勤めてて、今日は今まで残業だったんです。会社を出たら歌声が聞こえたので、つい来てしまって」  将彦は誰もいないものと思い込んで歌っていたので、人の存在には気づかなかった。
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