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その女性は、ジーンズに黒いピンヒール、ウグイス色のブイネックのニットセーター、薄手の黒いベロアジャケットを羽織っていた。髪は肩より長いくらいのストレート。色は濃い茶色だろうか。薄明かりの街灯の下だとよく分からないが、黒ではないようだった。将彦が今までに出会ったことのない、綺麗な女性だった。
「歌に迫力があって、とても心に響いたんです。だから、邪魔しないように聞いてたんですが・・・あの、大丈夫ですか?」
女性は気遣って言った。
「・・・はい」
将彦は何とか声を出した。
驚きと、歌を聞かれた恥ずかしさとで、彼は動揺していた。何かしゃべらないと、自分が気分を悪くしたと思われてしまうかもしれない。何か話さなくちゃ、と彼は焦った。そして、また咳き込んだ。
「大丈夫ですか!?」
女性は近づいて将彦の背中をさすった。将彦は突然の女性の行動に激しく狼狽し、一歩横へずれて女性から離れた。
「あ、大丈夫です!ちょっとむせただけですから・・・」
「そうですか・・・あなたにお礼を言おうと思って声をかけたのに、逆に迷惑をかけちゃいましたね・・・」
「お礼、ですか?」
「はい。あなたの歌を聞いたとき勇気をもらったんです。寂しそうで胸を締め付けられるような歌声だったけど、そんな中に、まだ何かを諦めていない強い思いを感じました。それが、わたしの心にも力をくれたような気がしたんです・・・うまく、言えませんけど・・・だからお礼を言いたくて。ありがとうございます」
初めて聞く自分の歌への感想だった。
将彦はどう答えたらいいか分からなかった。照れもあって、ありがとうございます、と返すだけで精一杯だった。そして、そそくさとギターをしまい始めた。
「あの、今日はもう終わりなんですか?」
女性は、もったいなさそうに言った。
「はい。もう遅いので・・・」
「そうですか・・・もっと聞いていたかったんですけど・・・」
その時、女性の持っていたショルダーバックから携帯電話の着信音が鳴り響いた。電話をバックから取り出して開くと女性は驚いた声を出した。そして、電話に出て、話し始めた。
「ごめんなさい!今会社出たところなんです!もうちょっとでそっちに着くので、少し待っててください!」
女性は手早く言い、電話を切った。
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