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東は審査員になる可能性があることを言わなかった。
「そうなんだ。関係があったら金村くん、ここにいるのまずそうだもんね。でも、金村くんの歌、ものすごく良かったです。東さんも聞いたことあるの?」
「うん。僕の知り合いに紹介してもらったときにね。友人の甥っ子だってことを除いたって、僕も良い歌をうたっていると思ってるよ」
「ありがとうございます!」
将彦は照れつつお礼を言った。
将彦は東の誉め言葉で少し気持ちを持ち直した。しかし、東と千鶴が親しく話しているのを見ると彼は悲しい気持ちになった。一流の売れっ子プロデューサーになんて自分は敵わない。なおかつ、背が高く、顔もカッコよく、服装のセンスまである。
今まで自分と東を比べようなんて、将彦は思ってもいなかった。だが千鶴が現れたことで、東に勝てるところを必死に探そうとしている自分に、彼は気づいた。
「そうだ、千鶴も見るかい?将彦くんのレコーディング」
「いいの?金村くん、ギャラリーがいて緊張しませんか?」
将彦には千鶴がキラキラと輝いているように見えた。彼の胸に強烈に締め付ける思いが込み上げた。
「大丈夫です」
「そうですか!また聞きたいと思ってたんです。こんなに早く願いが叶って嬉しい」
千鶴は嬉しそうに言った。
その横で、東が心なしかイライラしているように、将彦には思えた。
将彦はスタジオに入った。一歩そこに踏み込んだ瞬間眩暈がするような心地だった。プロのミュージシャンたちが日々真剣に音楽を作っている場所に立ち入り、彼はその空気に圧倒された。
将彦が歌うブースのガラス越しに、東と千鶴、そしてスタッフが一人いた。
千鶴が東と付き合っていると知り、将彦はショックを受けた。しかし彼女が再度自分の歌を聞いてくれると思うと、自分の胸の奥からに熱いエネルギーが湧くのを彼は感じていた。自分の歌がどう評価されるか気になっていたことまで、いつの間にか彼の頭の中から消え去っていた。
「さあ、将彦くん、初めてのスタジオはどうだい?」
東がマイクでブースに向かって話しかけた。
「なんだか、空気が違う気がします」
「そうか。ここにはミュージシャンの汗が染み込んでるからね。リハーサルは必要かい?必要なら練習しても構わないよ」
「いいえ、なんだかこのままいけそうです」
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