再会

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 「いいえ。特に工夫はしてなかったです。でも、この前のときにはなかったような疲労感と達成感を感じています」  「そうなんですか。その違いはなんだろう・・・あ、東さんに怒られるからもう行きます。金村くんとはまた会えると嬉しいです。歌の甲子園頑張ってくださいね」  「はい。ありがとうございます」  将彦の至福の時は束の間だった。千鶴は、廊下の奥へと姿を消した。彼は、力が抜けたように応接室のドアを開けソファーに座った。しばらくしてそのドアがノックされた。  「いいデモテープができたよ」  東が笑顔で入ってきた。  「何から何まで、ありがとうございます」  将彦は立ち上がって礼を言った。  「いや、今日の将彦くんの出来はすごかった。これなら歌の甲子園でもいい線までいけると思うよ」  「そうですか!」  将彦は笑顔で応えたものの、内心戸惑ってもいた。歌の甲子園で勝ち上がることに彼はまだ意欲を見いだせないでいた。  「そういえば、この前渡した書類は読んでくれたかな?一次予選の結果の送付先、指定できるようになっていたよね?確か家族には知られたくないと言っていたから」  「読みました。僕は祖父の家に届けてもらおうと思っています」  「そうか。もし送り先の宛がなかったら僕のうち宛でもいいかと思ってたんだよ。暁子さんはホテル住まいだしね。とにかく宛があるなら良かった。それじゃあ後は書類を送るだけだから、結果が出たら教えてね」  「分かりました。必ずお伝えします」  「うん、がんばってよ」  将彦がスタジオを出ると雨は止んでいた。彼はスタジオの四角い建物の後ろにある青い屋根の家を見た。切ない思いを感じて彼は家路に着いた。  六月に入り、将彦の住む町も梅雨の時期となった。  将彦は、去年の五月からビジネス街で歌い出した。予備校に通い始めて、受験への違和感が一層増した時期だった。ただ六月に入ると歌える日が限られた。雨が降ればさすがに歌いには行けなかった。  今年も雨の日が多く、将彦はなかなか歌いに行けず不満を溜めていた。  そんな中、しょっちゅう金村家へ出入りしていた暁子から、将彦は写真展の手伝いを頼まれた。スーツを着て受付をする、という仕事内容だった。
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