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新たな出発
翌朝、たくさんの若者が「絶対合格!!!」と書かれた横断幕の下に真剣な表情で入って行く。
将彦はその生徒たちの中にいた。模試の結果を校内の窓口にて受け取ると、彼はそそくさときびすを返し予備校から出た。
将彦は封を開け中を見た。第一志望の欄にはEの文字。合格不可能。そのアルファベットが、彼の頭の中に焼きついた。
将彦は予備校を出た後CDショップへと向かった。大型のCDショップでヘッドホンを付けてひたすら視聴する。
将彦は現実逃避をしたいとき好きなCDショップでとにかく音楽を聞いた。試聴器のヘッドフォンを片っ端からつけて大音量で聞いた。
視聴中、ふと目を上げるとそこには新人ミュージシャン向けのコンテストのポスターが貼られていた。
「第35回歌の甲子園。今年も暑い闘いが繰り広げられる!ただいま申し込み受付中!」
ふと、将彦の胸に何か温かいものが沸き起こったが、彼はすぐに目を落として視聴機から出る音に意識を戻した。
「ただいま」
将彦は自宅の玄関のドアを開けた。彼はそのまま階段を登り自分の部屋へ行こうとした。しかし母親がすかさずやってきて言った。
「おかえりなさい。模試の結果、もらってきたの?」
「ああ・・・」
将彦はそう言いながらもなお階段を上ろうとした。
「ちょっと待ちなさい。結果、渡して行きなさい」
将彦は登りかけていた階段を少し下り、肩に掛けていたバッグから模試の結果の入った封筒を母親に渡した。彼女はその封筒から中身を抜き出して広げた。そして封筒を持たない手で目を覆った。将彦はその様子を見て見ぬふりをして二階へと上がった。
「将彦、あなた一体何してるの?」
将彦の母親、佳津子(かつこ)はテーブルに置いた模試の結果を指でさして言った。
「なんのために二年も予備校に通わせてると思ってるの?父さんも母さんも現役でこの大学に入ったのよ?なんであなたにできないわけ?」
佳津子は静かにしかし苛立ちを抑えるように言った。
将彦はただ黙々と夕食を食べていた。食べ物の味なんてしない。ただそうして黙って母親の言葉を聞くことが、不甲斐ない自分なりの贖罪だと彼は思っていた。
将彦は大学受験の浪人生である。彼は進学校の高校へ進んだが、受験勉強へ向かう周りの猛烈な姿勢に違和感を感じ、付いていけなくなった。
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