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将彦は、高校を無難に卒業したが、母親の望む大学には落ちた。受験勉強に才能を発揮するタイプの人間か、人の三倍は勉強する物好きしか入れないような大学だ。彼の母親は後者で父親は前者だった。
しかしそのおかげで将彦はなに不自由のない生活を送ることができていた。
予備校に通い始めて一年後、将彦は同じ大学に落ちた。合格できない罪悪感と学費のことに責任を感じ、その後も母親に言われた通り黙々と予備校へ通った。
しかし、将彦の中で日に日に自分の行動に対する違和感が広がっていった。そして彼はとうとう予備校へ通うことができなくなった。
予備校へ行こうと思うと、頭が重くなり、無気力感が体を支配し、何もしたく無くなってしまう。
将彦はそのことを両親に伝えなかった。ただ、親にばれない様に模試だけは受けた。親からテスト代金を受け取りテストを申し込んで、特別講習にも申し込んだ。しかし出席はしなかった。
将彦は予備校に通えなくなっただけで自分が完全に社会から拒絶されたような気になった。責任感と罪悪感からの潰されてしまいそうな気持ちを抱えて、彼は訳もなく昼間の街をさまよう様になっていた。
「ちょっと聞いてるの!?将彦、情けないって言ってるのよ!」
「…ごちそう、さまでした」
耐え切れなくなって、将彦は食事を済ませ立ち上がった。
「ギターかなにか知らないけどもうやめなさい!お願いだから勉強に集中して!母さん、気が狂うわ・・・」
将彦は立ったまま動けなかった。暗い心の奥底から怒りが湧き起こって来るのが分かった。自分を認めないだけじゃなく、自分の大事なものまで奪うのか・・・彼は拳を握りしめた。
「もういいだろう、佳津子。電話鳴ってるぞ」
父親の辰彦(たつひこ)がいつの間にか将彦の隣りにいた。
妹の純那(じゅんな)はテレビを見ていたが、テレビ番組に集中せずに将彦と佳津子の会話を緊張しながら聞いていた。
佳津子は黙って立ち上がりキッチンに充電してあった携帯電話を見た。確かに携帯電話は振動し着信を知らせている。
将彦は父親の横を通り妹がいる居間を抜けて廊下を通り過ぎ、階段を上がった。部屋に入るなり、ベッド脇に置いてあるギターを手に取った。ギターが出来なくなったら、自分はもうこの人生に耐え切れないだろう。
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