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深夜のビジネス街でギターを弾き歌をうたうことだけが将彦の心を支えていた。それは食事よりも大事な、自分が生きているということを味わうための、彼の唯一の手段だった。
緊張した精神状態の中、不意に将彦は眠気に襲われた。そのままベッドに倒れ込み、すぐに寝入った。
将彦は部屋をノックする音で目を覚ました。時計を見ると一時間ほど寝ていたらしい。部屋の外から妹の声がした。
「お兄ちゃん、暁子(あきこ)おばさんが来たよ!」
「暁子、おばさん?」
将彦は寝ぼけて言った。
「そう!今日ニューヨークから到着したんだって!早く下りてきなよ」
そう言うと純那は階段を下りていった。
将彦はしっかりと目を覚まし、階下で何が起きているのかようやく認識した。
暁子おばさん。今はニューヨークに暮らし、写真家として仕事をしている。高校一年生のとき将彦にギターをプレゼントしてくれた人だった。
将彦が部屋から下り居間に入ると、先ほどまでの緊張感が嘘のようにキッチンから笑い声が聞こえてきた。
辰彦はソファーに座り何枚かの写真を見ている。将彦が居間に入ってきたことに気づいて、佳津子が彼に声をかけた。
「将彦、挨拶しなさい?」
「まさくん、久しぶり。元気にしてた?」
そう言って暁子は椅子から立ち上がり将彦に握手を求めた。握手をした後、暁子は小声で彼に話しかけた。
「ちゃんと、やってるわね。後で聴かせてよ?」
「はい」
将彦は笑顔で答えた。
暁子は、細身のスキニージーンズを履き、白い半袖のハイネックニットを着ていた。艶々とした黒髪は頭上でまとめてあり、黒ぶちの眼鏡をかけていた。彼女はおよそ四十代とは思えないほど若々しかった。
暁子はアメリカ人がするように将彦の肩を抱えハグをした。将彦は顔を赤くした。
「元気そうで何より。ねえ、姉さん、後でまさくん、飲みに連れてっちゃっていい?」
「え、大丈夫なの?あなた写真展の準備で忙しいんでしょ?」
「大丈夫。準備は全部エージェントがやってくれてるし、今回は日程に余裕持たせて日本に来たんだから」
「暁子おばさん、お兄ちゃんだけずるいよ~」
「だって純那はお酒飲めないでしょ?じゃあ、今度お買い物一緒に行こう。それで勘弁して?」
「分かった!じゃあ、服買ってもらお~」
「はいはい、しっかりしてるね、純那は」
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