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「マリアさんご指名です」
「はい」
ヘアメイク室のドアを遠慮がちに少しだけ開いた新人の黒服に、あたしは鏡越しにうなずいた。
左腕で輝く、ダイヤ入りのブランド物の時計を確認する。
20時45分。
約束の時間より15分早い。
今日は21時に客が来る予定だった。
その客は会社を経営している佐藤さんという男性で、桁外れの金持ちだ。
歳は30そこそこで身長は高く細身で、ひょろりとしている。
目は糸のように細く、なおかつ吊っている。
お世辞にも格好良いとは言い難い。
大多数が一度は耳にしたことがある会社を経営している彼は、雑誌で取り上げられた経験のある実業家だ。
どうしてあたしなんかにハマっているのか定かではないが、毎週多額のお金を落としてくれる太い客。
この世界、太い客を掴むことは大いに重要なことで、あたしは佐藤さんに感謝しなければいけない。
そんな“大切な佐藤さん”だけど、彼は指名が被ると不機嫌になり、ヘルプの女の子にあたり散らす。
だからなるべく彼が来る時は他の客の時間をずらし、調整するように心掛けていた。
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