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「寒いでしょ?スーツと交換だよ」
海を見つめる俺の首に、萌香は器用にストールを巻き付けた。
“いらないよ”
そう言いたかった。
“まだ寒いだろ”って、言いたかったのに。
俺の口元を隠したストールが、言葉も飲み込ませた。
砂浜色のストールは萌香の香りが充満していて、鼻から息をするのをやめた。
これ以上は、まずい。
俺だって気づいているんだ。自分の気持ちってやつを。
好きだとわかって一体どうなる?
気持ちを伝えることなんてできっこない。
振られて気まずくなって、父さんや恵美さんにも迷惑をかけることになるだけじゃないか。
同じ家で暮らす以上、家族関係を壊すわけにはいかない。
これが、答えだよな。
きっと初めて会ったときから、俺は萌香に恋をしていた。
くるくる目まぐるしく変わる愛らしい表情や、ひとつひとつの仕草全てが愛しい。
こんな気持ち、気づいても仕方のないことなのに。
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