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ヘアメイクの彼女に愛想笑いを向けながら、エクステのついたまつ毛に軽くマスカラを塗る。
まつ毛エクステを付けるようになってから、お湯でおとせるマスカラは必需品だ。
「急がなきゃいけないんで、今日は巻きおろしでお願いします」
佐藤さんを待たせると後々面倒になる。
ヘルプの女の子に迷惑をかけるのも気が引けるし、彼がそのヘルプの女の子を気に入る可能性も考えると、おちおちこんなところにいられない。
てきぱきと手を動かすヘアメイクさんの動きを、あたしは鏡越しに見つめている。
「はい、できた」
髪に振りかけられたヘアスプレーが舞う。
「ありがとうございます」
肩にかけられたピンク色のタオルをテーブルに置いて立ち上がり、全身鏡で最終確認。
鏡の前でくるりと回転してみる。
長い髪がふわりと揺れた。
かすかに嗅ぎ慣れたシャンプーの香りがした。
「急いでるみたいだったから、今日は全然巻いてないよ?緩いパーマかけてるよね?」
「ああ、コレですが」
肩を越えた髪に触れる。
「パーマじゃなくて、天然なんですよ」
「じゃ、いってきます」と言い、あたしはそのまま部屋を出た。
思い出す、あの日のこと。
風に揺れるふわふわの長い髪。
潮の香りとシャンプーの香りが舞う。
あなたが好きだと言ったから
あたしは今も、髪を切れずにいるんだ。
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