プロローグ

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「マリア遅いよ~」 席に着くや否や口をへの字に曲げて甘えた声を出すこの人こそ、佐藤さんだ。 彼が実業家だなんて言われなければわからない。 しかし身なりは相応で、高額なスーツに身を包み、身に付ける物すべてにこだわるオシャレな人。 「時間より早く来るんだもん。慌てちゃったよ」 さらりと隣に座り、佐藤さんを見つめて笑う。 「マリアに早く会いたかったからね」 「あたしもだよ」 なんて、とりあえず社交辞令。 それでは今日も頑張りますか。 その時 呼ばれてしまったの。 「もか?」 この店で あたしのことをそう呼ぶ人間はいない。 だけど聞き間違えるはずがない。 あなたの声を。 あなたがあたしの名前を呼ぶ、その声を。 「お兄……ちゃん」 向かいに座る彼を見た瞬間、あたしの頭の中にある記憶が溢れだした。 忘れたくて でも忘れられない あの眩し過ぎる記憶たち。
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