171人が本棚に入れています
本棚に追加
「マリア遅いよ~」
席に着くや否や口をへの字に曲げて甘えた声を出すこの人こそ、佐藤さんだ。
彼が実業家だなんて言われなければわからない。
しかし身なりは相応で、高額なスーツに身を包み、身に付ける物すべてにこだわるオシャレな人。
「時間より早く来るんだもん。慌てちゃったよ」
さらりと隣に座り、佐藤さんを見つめて笑う。
「マリアに早く会いたかったからね」
「あたしもだよ」
なんて、とりあえず社交辞令。
それでは今日も頑張りますか。
その時
呼ばれてしまったの。
「もか?」
この店で
あたしのことをそう呼ぶ人間はいない。
だけど聞き間違えるはずがない。
あなたの声を。
あなたがあたしの名前を呼ぶ、その声を。
「お兄……ちゃん」
向かいに座る彼を見た瞬間、あたしの頭の中にある記憶が溢れだした。
忘れたくて
でも忘れられない
あの眩し過ぎる記憶たち。
最初のコメントを投稿しよう!