鳳珠

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 空気が重く澱む新月の夜。  厚く垂れこめた静寂を引き裂くように少女の叫びが響き渡った。 「鳳珠を返すのよ、順治!」 「何をたわけたことを。せっかく手に入れた鳳珠、むざむざ手放すわけがなかろう、婉容!」  見渡す限り地平線まで遠く散らばる陸の瞬き。無数に輝くその人工的な街の灯の数々は、まるで天地が逆になったかと錯覚するほど見事な偽装星空を地上につくりあげる。その煌めく夜景を一望できる高層ビルの上空に浮かび、対峙するは二つの異形の影。 「鳳珠は正統な清朝皇后である私、婉容が受け継いだ神聖な秘宝。貴方のような既に歴史の彼方に忘れ去られた亡者が持つものではないわ」  秀でた額の中央から左右にぴったりと分けた髪を独特の形に結いあげ、大きな牡丹の花を冠した髪飾りが頭上高く聳え立つ。妖艶な曲線を描く痩身の稜線を覆い隠すような、ゆったりとした袖と長い裳裾の白い絹地の旗袍。優美な曲線を描く細い眉。その下で煌めく漆黒の双瞳は真っ直ぐに相手を睨め付ける。じりじりと距離を詰め、白き幽体は軽やかにそして強靭に飛翔した。
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