かかる制限

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その音に、菜波の体はびくりと震えた。 その男はフロアに入って二人の様子に一瞬驚いた顔を見せたが、即座に何でもない表情に戻った。 「お、おかえりなさい」 菜波の言葉に、その男、芳野は、 「ただいま~」 と歌うように答えてから、菜波のすぐ後ろの席に鞄を放り投げた。 怠いだの疲れただの独り言を一人に聞かせる以上の声で騒いでから、机半分腰掛けてさも意味ありげに二人を見比べる。 菜波はさっとその視線から逃れてデスクに向き直る。 「須崎さんと二人で何してんの?もしかして…襲われてる?」 「「違う」」 トーンの違う言葉がかぶり、芳野が笑い出す。 仏頂面の須崎と挙動不審の菜波。 芳野はなぜか嬉しそうな様子で茶化そうとする。 須崎は眉間に皺を寄せると、無言で菜波の机から一歩離れた。 菜波は呪縛から逃れた体をぎこちなく動かして、芳野の写真を覗き込んだ。 「今日は、随分遅かったんですね」 「星の撮影だったからなあ。でも雲が少なくてなかなかの撮影日和やったわ」 「へえ…これ、星?うわあ、青空を写したみたい」 感嘆の声を上げ、嬉々としている菜波に芳野はまだ終わらないのかと不思議そうに尋ねる。 菜波はまたしても言葉に詰まったが、上書きし忘れたことをごにょごにょと同じように濁して伝えた。 芳野は始末に負えないという顔をし、大きな溜息をついてみせる。 「なんでそんな簡単なことを忘れるか知ってるか?詰めが甘いからそういうこと繰り返すんやぞ」 痛いところをつかれ、菜波は何も言えずにただ頬を膨らます。 「いいんです、だから今やってるんです」 「残業代は?どうなんの?」 「…もうタイムカード打ってあるんで」 芳野は暫しまじまじと菜波の顔を見つめていたが、体をそらせて大声で笑った。 その姿勢のままで目を細め菜波を見つめ直す。 「本当にお前、真面目やな」 その皮肉なつぶやきに、菜波は知らん顔で続きの作業に取り掛かった。 後ろで喧嘩をふっかけるような声で何かを言い合っているのが聞こえたが、あえて無視をした。 あまり聞きたくない。 その後、芳野が須崎と何か言葉を交わしていたようだったが、ひどく小声だったので菜波にまでは届かなかった。
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