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恐らく、そのときだけ、世界は少女のものだったのかもしれない。
ひとつ音を重ねるたび、彼女だけの世界が構築されていく。
目を閉じ、指先だけでなく全身を使って音を奏でる。
“あぁ、なんて無垢な音色なんだろう……” と感じながら、暫くの間、少女は自分の世界に入り浸っていた。
「……と……ちょっと!」
突然強い力で右腕を掴まれ、少女は現実の世界に引き戻されたことに気づいた。
「聞こえませんか?
演奏を止めろと言っているでしょう!」
腕を掴んだのは先生だった。
鬼のような形相で怒鳴っている。
どうやら演奏を止めるよう指示があったみたいだ。
「ごめんなさい先生……。」
「メトロノームの音も聴いていなかったようですね。
途中からテンポが合わなくなっていることに気がつきませんでしたか?
私が教えている子たちの中であなただけですよ、まだメトロノームなんか使ってレッスンをしているのは。」
「ごめんなさい……。」
少女は先生の尖った視線が自分に向けられていることに怯え、ただ俯いているしかなかった。
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