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強く歯を食いしばると拳を握り、怒りを抑える。皮膚に爪が食い込み、血が薄っすらと流れる。
「…………」
「…………」
慶臣と大誠の間に重い空気が流れる。互いに言葉を発することはなかったが、目で会話をしている状態だった。大誠の鋭い瞳がついて来いと物語っている。
徳川の部屋から静かに離れると、大誠は地下へと向かう。夜と言うこともあり、廊下ですれ違う者はいない。
足音を一切立てず、地下へ向かって行くが、二人の気配は消えている。霊神の地下の入り口となる隠し扉の前に来ると、慶臣は足を止めた。
「大誠様。美晴達を殺すおつもりですか? ご存じかと思いますが、龍黒刀と龍白刀は千世屋家の者にしか扱えない代物ですよ。他の者が刀を抜けば、龍に正気を奪われてしまう。それなのに、美晴や琉衣を殺すのですか? 生かしておいた方が、刀のためにも最善の策かと」
「それで? お前はそれであの姉弟を逃がすつもりだろう? 生かしておいても我が命令に従わないと言うのならば、生かす理由もない。龍の妖気に当てられ、正気を失う者がいても、代わりはいくらでもいる。戦で勝てば、それで良いのだ」
「それはつまり……。幕府を倒されないために、刀を使うが、そのための犠牲は何人出ても良いということですか……?」
「そう捉えたのなら、そうなのだろう。刀のためだ。犠牲が出た所で我らに何の支障はない。なんのために、お前を当主にしたと思っているのだ」
「まさか、俺も犠牲になると言うのですか……?」
「当主が進んで行動するのは当たり前だろう? お前が刀を抜いたことで、他の奴らもついてくることだろう。刀を使う候補者はお前だけではない。羽陽や巳陰、琴葉も同じだ」
「あんたって奴は……っ! 羽陽様と巳陰様は知っているんですか?」
「いずれ知る事だ」
「あんた、人の命なんだと思っているんだ! 羽陽様も巳陰様もあんたを慕っているのに、あんたはそれを裏切るっていうのか!?」
大誠の言葉に頭の中で何かが切れる。暗い廊下で怒鳴り声を上げると、大誠に掴みかかっていた。呼吸が乱れ、自分でも分かるほど表情が怒りで満ち溢れている。
羽陽様と巳陰様は、大誠を慕っていた。忠誠を誓い、彼の命令ならどんなことでも従ってきていた。時にはその忠誠心が周囲から反感を買うこともあった。慶臣も二人の忠誠心には憧れず、何処か煙たがっていたところがある。
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