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おぼろ月夜。
細い夜道――。
頼りない明かりを潜って駆け抜ける二人の影。それを追う怪しげな影が三つ。
二人の影は長屋の間を走り、何度も角を曲がった。追う影の形を一言で言うならば“化物”――。人の形はしていない。追われる二人の影は、何とか妖(あやかし)から逃げ切ろうとしていた。
「美晴(みはる)姉さん、こっち!」
「琉衣(るい)! 駄目、振りきれない!」
美晴の手を引きながら、琉衣は追ってを一瞬振り返った。琉衣の黒々とした瞳が、美晴の身を透かして背後の化け物の姿を映す。姉弟ともに、息をする度に肺が痛む。
それは刺されたような痛みだが、足を止める訳にはいかなかった。寧ろ、どんなに転びそうになっても、速度は更に増す。
「ガァァアアッ!!」
「グガァァアアアッ!!」
地を這うような唸り声。狂気に満ちた声が迫り来る中、ひたすらに道を走っていた。既に、自分達が何処にいるのかさえ、分からなくなっていた。
「美晴姉さん、ここに隠れて」
琉衣は急に路地を曲がって、とある家裏のすだれの影に身を隠す。周りは人里から離れ、深い森に囲まれている。姉弟が隠れた家以外、隠れる場所は他にない。この里を出れば、箱館はすぐ近くだというのに。
すだれに身を隠した琉衣は、姉を隠すように彼女に覆い被さる。抱き合うように身を寄せ、必死に息を潜める。自分の鼓動の音さえ、うるさく感じてしまう。その音が互いに聞こえてしまいそうだ。
「グルルルルル……ッ」
妖の唸り声がすぐ側では聞こえる。二人は息を止める。気配を消し、奴らが去るのを待った。すだれの側を通り過ぎる。緊迫した空気が流れる。生きた心地がしない。
「グガァァアアアッ!!」
「ガァァアアッ!!」
奴らは遠吠えを響かせると、走り去っていく。妖(あやかし)の気配が遠ざかり、琉衣は美晴から離れた。大きく息を吸う。
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