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琉衣は過去を受け入れようと努力しながら、人との関わりを避けることはしなかった。姉が人を避ける代わりに、進んで話すようになった。太平の世も末、何事も力次第の日々になっても、何事も穏便に、まず言葉で大きな問題を作らないように努めていた。それが、琉衣が自分に課した掟でもあった。
ただ、琉衣も心底他人を信じることは出来ないと思っていた。
信じたい、とは思う。
それができる日が来れば――
「美晴姉さん、これからどうする?」
琉衣は自分よりも頭一つ分、背の低い美晴を見下ろした。気疲れしている彼女の様子を気遣う。男物の着物を身に纏(まと)い、開いた胸元に晒(さらし)の白が覗く。腰まである黒髪を頭頂で一つ括(くく)り、凜とした立ち姿は絵双紙そのまま。
「とりあえず、ここを離れよう。暁にはまだ間がある。奴らに居場所を感づかれるのも、時間の問題だ。一番早く朝日の差すところに……」
「わかった。また走るけど、体力は大丈夫?」
「案ずるな。琉衣こそ、無理はしないでくれ。私は、お前がいなければ駄目なんだ」
「大丈夫だよ。僕だって、鍛えているのだから。姉さんより、強いんじゃないかな?」
琉衣は自分に依存する美晴の言葉に、クスリと微笑を溢す。
「ああ、そうかもしれないな。お前は強い。だからこそ、私との約束を忘れるな」
「……分かっているよ」
だが、美晴が言う『約束』とは、琉衣にとっては果たしたくはないものだった。言葉を詰まらせ、無理矢理に喉の奥から声を振り絞った。
「さあ、行こう」
琉衣は柔らかい微笑みを向ける。美晴に向かって大きな手を差し出すと、彼女の手が重なる。互いにぐっと強く握り返した。すだれから顔を覗かせ、周囲の気配を確認する。周りは闇が広がり、先が見えない。
「行くよ」
美晴に一声かけると、琉衣は一気に駆け出した。
だが、道に飛び出した途端、頼りにしていた月が分厚い暗雲に隠れてしまった。足場の悪い砂利道に視線を落としても、自分達の影は映し出されなかった。
それどころか、周りがどんな状況なのかも把握することが難しい。
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