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「すごい雨ですね。今朝はあんなに晴れていたのに」
降りしきる雨を眺めながら青年が言った。穏やかで優しい声。父親の低いそれとは違って、不思議と頬を紅潮させた。
「そうですね……」
この青年はどこの人なのだろうか。この辺りの人なのか、それとも偶然通りがかっただけなのだろうか。
青年は、服の上を滑る雨をパタパタと静かに払う。
もう一度声を聞いてみたい。
「雨は――好きですか……?」
驚いたことに、いつの間にか口をついて出てしまった言葉。
青年は、ふっと口元を緩ませた。
「ええ。僕は雨が好きですよ。あなたは?」
雫は相変わらずタンタンタンと同じリズムを刻んでいる。
「私は……」
どうしようもなく逃げ出したい気持ちで胸がいっぱいになった。どうしてこのようなことを口走ってしまったのか。
「雨が好きだなんて、可笑しいでしょ? よく人に言われるんです」
初めて青年と目が合った。
黒くて深い瞳。
一層胸が高鳴る。
「いえ……」
考えてみれば、こんなに長く、同世代の男性と話をしたことがあっただろうか。話したことと言えば、ほんの二言、三言。でも、今の自分には十分すぎる会話だ。
「どうしてでしょうね、雨が好きなんて。」
青年はそう呟くと、再び視線を雨の方へ戻した。
雨が止んだら、軒下を出て行かなくてはならない。
雨よ、もうしばらくだけ降っていて欲しい。
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