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無機質な石たちの前に立った時。
あなたは何を思うのだろう。
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「雪路さん?」
俺から少し離れたところから、鈴を転がしたような綺麗な声が聞こえた。
ゆっくりとその声の方を見て、そこにいた思わぬ人物に俺は二三度瞬きをした。
「咲樹さん...でしたっけ」
彼女の名前は、確か二宮咲樹。
彼女は栗色の腰まである長い髪と黒のワンピースを風に靡かせ、切なそうな顔で俺を見ていた。
風が冷たい。
曇り空からは今にも雨が降り出しそうだ。
「姉は...笑って逝きましたか」
視線を俺から俺の目の前にある灰色に移して咲樹さんは聞いた。
俺もまた視線を前に向けると、ゆっくりと頷いた。
「ええ。妻...明里は、笑っていました」
明里が消えてしまったあの朝を思い出す。
いつも通り彼女の手を握って、祈るように眠っていた俺は、手から伝わる体温が異常に感じないことに気づいて目を覚ました。
青白い病室の中で、彼女の肌はより一層白く見えた。
ベッドの横にある電子機器が無情にも無機質な音を継続的に鳴らしているのに気づいたのは、医者と看護師が青白の病室に駆け込んできて、彼女が完全に冷たくなってからだった。
彼女を見ると、俺に笑いかける時のように、彼女の口元は緩やかな弧を描いていた。
「...そうですか」
咲樹は少しほっとしたように息を吐いて目を閉じた。
その顔が明里のそれと被って見えて、視界がぼやけた。
溢れないように空を見て俺も息を吐く。
「...咲樹さん」
俺の頬に一粒の雫が落ちた時、俺は咲樹さんを見ずに問いかけた。
「俺を、恨んでませんか」
明里が消えてしまって、彼女の遺族に対面してからずっと、頭の片隅で思っていたことがあった。
「...なんでですか?」
咲樹さんの視線を感じる。
「...俺が、明里を殺したようなもんだから」
ポツリポツリと降ってきた雨は、俺と咲樹さんを濡らした。
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