*1

4/10
前へ
/12ページ
次へ
診断の結果は、悪性の腫瘍…ガン。 ...治る見込みは、殆ど無かった。 「ーーたとえ、姉が病気になったのが雪路さんのせいだったとしても、わたし達家族が雪路さんを恨むことなんて、無いですよ」 俺と咲樹さんの間には一定の距離がある。 咲樹さんは俺に歩みよろうとはしなかったし、俺も咲樹さんに近づこうとも思わなかった。 「それに、雪路さんは最後まで姉のそばにいてくれました。それだけでも、感謝しています。姉は愛した人のもとで息を引き取ったのですから...」 明里のガンが発見され、俺は目が覚めたように態度を改め、彼女につくすようになった。 浮気相手とは別れ、大きな病院の近くに引越し、できるだけ彼女の側にいた。 沢山話もしたし、二人の間にできた溝を埋めるように笑い合った。 ...それが、俺ができる彼女への償いだと思ったから。 「愛した人...か」 音を立てて降ってくる雨が俺たちを濡らす。 今日の気温は例年よりも低く、雨は昨日よりも冷たい。 互いの服が雨を吸い込み、黒い服が漆黒に染まる。 咲樹さんの栗色の髪が顔に張り付いて色っぽさを醸し出している。 咲樹さんと初めて会ったのは、もう10年くらい前。 彼女は出会った頃に比べて随分と変わった。 いまは明里と同じくらい、大人っぽく見える。 さすが姉妹というべきか、よく似ていた。 俺もあの頃に比べてどれくらい変わったんだろう。 明里と出会った時は、まさか結婚するなんて思いもしなかったし、 明里をなくす日が来るなんて、想像もしていなかった。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加