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「あれ、幸(さち)ったら全然飲んでねえぜ?」
乾杯の音頭、懐かしい顔ぶれが一斉にわいわいと酒を飲み交わす中、幸は一人だけきょろきょろとある人物を探していた。
「あのさ、あいつは?ほら、6年の冬に少しだけうちのクラスにおったじゃろ、白部(しろべ)って」
子どもの頃ガキ大将だった岩田は、もうほとんどジョッキの中のビールを飲み干してしまっていた。ごとんと散らかったテーブルの上にそれを置くと、小さく首を捻った。
「白部?誰じゃそれ?」
岩田は、おしゃべりに華を咲かせているクラスメイト達に、白部って知っとるか、と聞いて回るが、誰もがさあと首を傾げるだけで、また元の話の続きを始めてしまう始末。幸は、僅かな期間ではあったが、忘れてはいけない少年がいたことを、はっきりと覚えていた。
「チロべえじゃよ?覚えとらんのか?」
岩田は、はっとしたような顔をして、急に声を落として言った。
「お前、知らんかったんか?わしも噂で耳にしただけじゃが、あいつ、ドイツに渡った後、手術がうまくいかんかったかなんかでな、半年程後に亡くなっとるんよ」
幸は、ぽとりと割り箸の一本を手から滑らせた。まさか、あのチロべえが……、と。
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