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週末、いつでもわざわざ私の家まで迎えにきてくれていた浩人から、珍しく行きつけのバーで待ち合わせしようと呼び出された。
めずらしいな、と思いながらいつもと違うそのシチュエーションに何処か気持ちは浮つく。
大通りから少し外れた、ひっそり佇むそのバーは、初めて浩人に連れられてきたときと変わらず沢山のお客さんで賑わっていた。
店内をきょろきょろ見渡すとカウンターの一番端の席に見慣れた姿を見つけて。
「待った?ごめんね。」
「いや、大丈夫。」
どこか力の無い笑みを浮かべる彼にそっと声をかけると、ウェイターにモスコミュールをオーダーする。
「柚季穂、ごめんな。」
丁度、オーダーしたモスコミュールがスッと目の前に現れた頃。
いつもと纏う雰囲気の違う彼がぽつりぽつりと話し始めた。
私は浩人の浮気相手だった。
あの合コンは付き合いで仕方なく行ったこと。
出会い目的では無かったこと。
たまたま私がいて一夜限りの関係をもつつもりが失敗してズルズルと引きずったこと。
奥さんのお腹にはもうすぐ産まれる赤ちゃんがいること。
家族が大事だということ。
浩人の奥さんに私達の関係を知られてしまった次の日の夜、別れを告げれた後に全部浩人の口から聞かされた。
目の前が真っ暗になるってこういうことかって、何処か冷静になってる自分もいて。
でも、頭が通常通り動いて無いのは確かだった。
「…そっか。…今まで、ありがとう。元気で、ね。」
そう答えるのが精一杯の私に、浩人は出会った時と同じあの笑顔で、"ごめんな。"とだけ告げて私の前から居なくなった。
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