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 きっと、更衣室の中にも聞こえてる。 「あのな、戻してやるって言ってんだぞ。俺が人事部にいるうちがチャンスなのに……また可愛がってやるよ?」  更衣室から榎並くんが出てきた。榎並くんはその話の意味が分かったのか、顔を真っ赤にして、私から目を逸らしていた。 「バイトも大切な“商品”だから、手をつけるなよ。俺がいつでも相手になるから」 「私は先輩のように鬼畜じゃありません」 「ははは。新入社員に手をつけるような人間と一緒にしないでください、って言いたい? あの頃はこんな口答えはしなかったよな、あんなに可愛かったのに。そんな風に跳ね返されるとますます鳴かせたくなる」  榎並くんはさらに顔を赤くした。私と目が合うと、恥ずかしかったのか俯いて耳まで真っ赤にしていた。いまの台詞で私と先輩の関係を理解したようだった。 「まあ、プライベートなことだから誰と付き合おうが勝手だが、バイトに手を出して降格になった社員を俺は何十人と見てる。お前だって知ってるだろう? 相田も上に行きたいなら、そこは覚悟するんだな」  最後に先輩は立ち上がると榎並くんの前に行き、肩を叩いた。「ま、そう言うことだから」と吐き捨ててから出て行った。休憩室に残された私と榎並くんはしばらく黙って座っていた。榎並くんは時間になると出て行った。  遊んでるように思われた……そう思えてならなかった。でもこれで良かったのかもしれない。榎並くんが私を諦めてくれたら、私も諦められるかもしれない。遊びで平気で裸になれるような私を下げ荒んでくれたほうがいい。榎並くんが卒業するまであと1年。それか私が店長に昇格して地方都市に異動になるのが早いか。それまで生殺しで彼と同じ店にいるのなら、実らない恋ならばいっそのこと終わってしまったほうがいい。 .
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