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春。初夏とも言うべきか、窓の外から入る日差しが眩しい。商盛期のゴールデンウイークを過ぎて私は自宅にいた。
携帯が鳴った。見ると番号だけが表示されている。アドレスに登録されていない携帯からの着信、ということになる。店には緊急時の連絡先として私の携帯番号は貼り出されているから、もしかしたら登録されていない従業員の携帯からかもしれないと思い、すぐに出た。
「はい、守沢です」
出ては見たものの、相手からは何の返答も無くて。
「あの、もしもし?」
「……あ、すみません。間違えました」
男性の声。そのちょっと高めの声質に辺りの雑音が聞こえなくなった。
聞き覚えのある、声。
「榎並くん?」
「え?」
「榎並くんでしょ??」
あれから10年近くも経つのに私はそのひと声で瞬時に理解した。忘れもしない、彼。何年ぶりだろう。無音になった耳からは鼓膜を打つ脈の音しかしない。
間違い電話である筈が無い。11桁の番号を偶然にも間違えて掛けられる訳もない。私のモリサワという言葉に人違いだと思ったのだろう。だって、彼は私が結婚したことを知らないから。
「あ、結婚して名字が変わったから。元気にしてた?」
何故……何故今になって。
「ごめん、ちょっと待ってて」
私の髪を引っ張って悪戯する子どもを、ちょっお願い、と母に頼み、私は部屋を出た。
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