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 そう……あれは月末日のことだった。 「ほんと助かった。ありがと。なんでもおごるから好きなものバンバン注文して」  深夜に、二人で近くのファミレスに来ていた。食事ぐらいなら許されるかな……と思った私は、榎並くんに棚卸しを手伝わせた。店長に「私が抜けた後、棚卸がきちんと出来るメンバーがいた方がいいと思いますので」と提案した。榎並くんに私がマンツーマンで最初から最後まで教えます、とも伝えた。つまり……故意に閉店後の店内で二人きりなるようスケジュールを組んだのだ。  一緒に冷凍庫や冷蔵庫、倉庫で食材などの在庫を数えた。それを終えると二人でマネージャールームにこもり、私が数字を読み上げ、彼がパソコンに打ち込んでいった。最後の打ち込みを終え、パソコンの電源を落とすと、急に室内が静かになった。お腹も空いたし、手伝ってくれたお礼にファミレスで食事でも、と榎並くんを誘った。ただ、一緒にいたかった。別にどうこうするつもりもなかった。食事して朝までたわいもない話して、それだけで良かった。最後に思い出を作っておきたかった。  向かい合わせに席に着くと、榎並くんはテーブルばかり見ていた。そんな恥ずかしがっている彼を独り占めして見ていられるのが嬉しかった。それだけで胸がいっぱいになった。もう、これだけでいい。こんな思いにさせてくれて感謝するね、と心の中で呟いた。明日付けでその昇級人事の文書が配信されてくる。それを榎並くんが見てしまう前にこうして誘いたかった。それを見てしまったら、私が意図的にスケジュールを組んで食事に誘ったのが分かってしまう。榎並くんとの別れを惜しむように仕組んだ夜だと気付かれたら、きっと私も彼も一線をこえてしまう……そんな気がした。だから今夜が何事もなく誘える最後の夜だと確信していた。 .
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