花屋の住人

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 城の名を呟いてみて、自分のいる場所が何処なのか気付いてしまった。  普通に考えたら、花屋の二階にある扉を抜けてこの部屋まで来たのだから、今もまだ俺のいる場所は花屋に違いないはずだ。  でも、俺はここから見える景色を知ってる。俺は前に一度ここに来たことがある。 「あ、お兄ちゃん、危ないよ!」  ナチの制止する声を無視して、逸る気持ちを抑えて近付いた窓から、思い切り身体を乗り出した。  下を見れば明らかに花屋とは違う煉瓦(れんが)造りの壁が窺え、地面との距離を確認した途端、眉間に皺が寄るのが分かった。  二階にいたはずなのに……これ、優に五階は越えてんだろ。 「もう!そんなに窓から顔を出したら落ちちゃうよ!」  顔どころか上半身全てが窓から出ているのだが、一生懸命に俺の服を引っ張って部屋の中に戻そうと奮闘しているナチは、どうやらそこまで気付いていないらしい。  引っ張られるままに大人しく引っ込めば、ナチはほっと胸を撫で下ろした。 「おい、ナチ、ここって離宮か?」 「うん、そうだよ。ここは南の離宮サロナ。お兄ちゃんは物識りね。だって、パパ様の名前もママ様の名前も、ナチのお家の名前もぜぇーんぶ知ってるんだもの」  きらきらと輝く期待の籠った紫紺の瞳に嫌な予感がする。 「ナチ、お兄ちゃんが誰か分かったわ。お兄ちゃん、魔法使いでしょ!」 「魔法使い?」  突拍子もないその言葉に、ユノセスの顔が浮かんで消えていった。  なにもこんな性格(とこ)まで似なくてもいいのに。 「そう!物識りなのは賢者様か魔法使いだってパパ様が言ってたもの」 「そこで何で賢者じゃなくて魔法使いになるんだよ。物識りなだけなら、普通は賢者だろ」 「?だって、賢者様はここには来られないもの。ここに来られるのは、パパ様とママ様とナチの三人と、十年前に消えた魔法使いだけ」 「消えた魔法使い……と、待てよ?十年だと?……ナチ、お前今いくつだ?」 「ナチは七歳だよ」
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