序章 ~始まり~

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「本日も主に感謝して頂きましょう、皆さん」   私が神父を務めさせていただいている教会は、聖都イービルの南側にあります。小さな教会ではありますが、人口密度が高い地域ですので食堂も毎日賑わいます。   「はい、神父様。主より恵まれし糧に感謝を」 このように、沢山の方々が唱和して下さいます。聖都イービルは地形としては三方を断崖絶壁に囲まれ、唯一出入りできる南側には堅牢な外壁を築いた特殊な都です。   その為、食料は全て教会の食堂にて配給されるのです。聖都の住民は全員、住民の証である聖羽根の鎖を身に付けています。これを食事の際に提示しなければいけません。勿論私も持っていますよ。   「神父様、俺、掛け算覚えたんだぜ!」   ご近所のヘンリー君(12歳)が誇らしげに私に話しかけてきました。新しく何かを覚えられることは素晴らしい事ですね。   「そうですか、それは素晴らしいですね。お母様もお喜びになったでしょう?」   うん、と力強く頷いたヘンリー君は、しかし顔を曇らせました。   「でも……さ、俺、みんなよりずっと遅いよね」   ヘンリー君の表情の理由はすぐに解りました。覚えるのが、ですね。まあそうです、大体皆十になるまでには掛け算の基礎は理解していますからね。   「ヘンリー君、あなたとあなたでない人を比べることに、何か意味がありますか?主は人を別々におつくりになられたが、それは決して自分を卑下する為ではありません」   私は笑顔を浮かべる。自分を駄目だと思いこもうとしているヘンリー君を救わねばなりません。   「人と人が許し合い愛し合い助け合うために、主は人をわけられたのです。そんなことを悲しむ必要はありません。覚えられた、その喜びを大切になさい」   ヘンリー君はにっこりと笑ってくれました。ああ、無力な私でも一人の人を笑顔にすることが出来ました。私の生きる意味はここにこそあります。
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